社会に出たらパンツを脱ぎなさい。
~第42話:昭和の男~
「お前は俺の事キライだろ?」
「・・・」
「嫌われモノの俺はどうせ居なくなるんだ、残ればいいじゃないか」
「・・・」
なんて駆け引きをしてくるんだ、おそらく人生の中で一番頭が真っ白になった。こんなのは卑怯だ。ガンでもうすぐ死ぬとかそんな重たい話こんな時に使うんじゃねーよ。そこで「じゃあ僕チン、残ります!」などといくら私でも言えるワケがないし、仮に残ってしまうと「本部長が死ぬから残りました!」と言ってるようなものじゃないか。
正直に言う。何度も(死んでしまえ、クソ本部長め)と思ったのは事実だし、そう思ったのも私だけではない。このおっさんにやられまくった人間は何人もいるし、何度もそんな先輩や後輩、上長と酒を飲んではこの本部長の悪口で花が咲いたのだ。恩師である課長も「嫌われる人間は必ずいなくなる」と私をなだめるように何度も何度も言っていたのはもしかしたらこの事を知っていたのかもしれないな・・・。
もうすぐこの世からいなくなる人間が目の前にいる。強引で誰も逆らえない、あの絶大な権力を振りかざす暴君のおっさんと呼ばれた目の前の人間がもうすぐ間違いなく死ぬのだ。
「これは誰にも言ってないからな」
にやりと笑ってタバコに火を付け、プカーと吸う本部長。
「私も1本、失礼します」
私もタバコに火を付け、本部長の吸うペースに合わせてタバコを吸う。長い沈黙が続いた。色んな思いが頭を駆け巡るけど、こんな時は何も言葉としては出てこないものだ。
「・・けっこう悪いんすか?」
これが私が絞り出せた精一杯の一言だった。
「ん、まあ、忘れろ。それよりどうするんだ?」
「お前の人生だ、好きにしろ」
「決心は変わりません」
「そうか、よく頑張ったな。お疲れさん」
そういうと本部長は再び黒塗りのハイヤーに乗り込み、本社へ戻って行った。
強烈な30分の面談だった。思えば「打倒本部長」の精神が私を突き動かしたのは事実だし、あれほど「嫌われている」事を自覚している人間には今までこの本部長を除いて一人も出会った事がない。人から嫌われる事を極度に嫌う性格の私には一生掛けても理解できないと思う。享年55歳くらいだっただろうか。私が辞めた後に亡くなったので詳細はわからないが、葬儀はそんなに大きくない会場で粛々と行われたらしい。なんのコネもない平社員から営業本部長まで実力で登り詰めたオトコだからこそ、自分に厳しく、そして全力疾走していない部下や飲み会であっさりパンツを脱ぐ部下を見ると腹が立ったのだろう。
でもあれ、笑うとこじゃん・・・。生粋の昭和の男にフリチンは通用しなかった。ここで故人を偲ぶような真似はしない。もちろん私はお見舞いどころか葬儀にも出ていないし、これはパンツ脱いだ話で、上品ではなく、むしろお下品な内容のブログで間違いなく場違いだ。ただ、この人のおかげで人生が大きく変わったのは間違いない。この人がいなければいったいどんな人生を送っていたか想像が付かない。大企業で欠けても誰も気付かない歯車の一つとして働き、イキのいい新人に管理職の立場を追い込まれながら窓際ギリギリで疲れ果てた中間管理職サラリーマンになってたかもしれない。バカな私にあの大企業でのし上がっていく力は全く無い。断言できる。全く無いのだ。
・・・そう考えるとこれはいい機会かもしれない。
心よりご冥福をお祈りいたします。本当にお疲れ様でした。
本部長、マジですごいっすよ。
続く