社会に出たらパンツを脱ぎなさい。
~第41話:天敵本部長の告白~
ノリピーは片付いた。(なんとなくだけど。)
次は会社だ。退職願いを突きつけるのだ。なんとなくサラリーマンとして憧れのシーンでもある。こんな会社辞めてやるのだ。
「所長、話があるのですがいいですか?」
会社の応接に入り、所長と向かい合う。
「すっ」と退職願と書かれた封筒を差し出す。
「げえええええ!マジかああああ!」
「申し訳ございません」
自分で言うのもなんだけど、今や揺るぎないこの支社のエースとなったワタシ。
売上数字は前年比を常に160%以上、200%を超える月もあった。つまり一人で前担当の1.6~2倍働いてた事になる。
「で、どこ行くの?」
「プルデンシャルっす」
「いやいや、ちょっと考えなおせよ」
「いや、もういいかなって」
「うーん、これは受け取りたくないけど戻せないし・・・」
「はい、とりあえず預かって下さい」
なんとなく友達口調でのやり取りだったのと、けっこう引き止められた記憶もあるけどだいたいこんな感じでとりあえずは退職願を受け取ってもらった。そして所長はバタバタとその退職願を握り締め、本社に向かって出て行った。
(所長、スミマセン)
と内心は思いながらもこれからが本番だ。この支社の管理はあの天敵、本部長だ。退職願を出すという事は負けたも同然だけど、こんな形でしか最後の意思表示は出来ない。社長賞を2回、総合表彰も2回、その他金一封も数度もらえるほど表彰されたにもかかわらず上級職になるのも同期達から数年遅れ。ようやく全国的な新規事業を立ち上げた事でやっと上級職。もちろん出世欲はなかったけど、上級職になればとにかく給料が違うのだ。これは十分、辞める理由になるのではないか。
だいたい私が先輩の命令で本部長の前でパンツさえ脱がなければこんな事にはなってないかもしれないけど、パンツを脱いだ結果、恩師である課長に拾ってもらえ、この人の為ならば、とパンツを脱ぎ、社長賞やその他の表彰をされたほど目立ち、なんだかんだ全国区として頑張れたのかもしれない。
もしあの時、本部長の前でパンツを脱いでなかったらどうだったのだろう。私も大企業の歯車、その他大勢の一人ではあるが、もっと地味でパンツを脱ごうなんて思わないサラリーマンでいたかもしれない。全てが偶然なのか必然なのか、私が手繰り寄せた運なのか。
そして今度はプルデンシャルだ。この運もここで終わりなのか、さらに花開くか。10数年後は外車に乗ってバヒューンと海岸線を駆け抜け、同期・友人達からはうらやましがられ、へっへっへ、苦しみながらたくさん仕事しな、俺はラクして稼ぐから、なんて腹黒い事なんかも含めて色んな思いがグルグルと頭を駆け回る。そしてもう決めたのだ。パンツは脱がない。まっとうな方法で誰からも認められるかっこいい営業マンになるんだ。
数日後、黒塗りのハイヤーに乗って本部長が来た。さあ行くぞ、決戦だ。
「俺は間違いなくお前より先に死ぬ」
「その時こそお前たちの時代だ」
そんな口調で本部長がしゃべり始めた。そりゃ普通なら年功序列で死ぬっしょ。私より先に死ぬとかいったいどんな引き止めっすか。いったいアンタ何年後死ぬんすか。それまで私達はアンタの下で奴隷のように扱われるんでしょうが。もうコリゴリなんすよ。私はアンタの奴隷じゃねえんだよ。
「お前のチームの人選も終わっている」
「決心は変わらないのか」
「はい」
「そうか、お前も変な宗教にかかっちまったな」
きっと私より先にプルデンシャルに入社した先輩達の事を言っているのだろう。実はすでにスカウトされた先輩が3人いたのだ。その3人のうち、2人がプルデンシャルへの入社を決めて既に退職しており、1人は本部長に説得されて思いとどまったらしい。
私の返事にかぶせるように本部長が再び話始めた。
「どうだ、俺がいない職場で頑張らないか」
ん?出世でもして営業フロアから居なくなるの?居なくなるなら間違いなく風通し良さそうだなwwそれなら本社に戻って自分のチームとかあったら最高だな。そういや確かに取締役候補みたいな話も聞いたし出世決まって良かったっすね。いや~すごいスゴイ、ごいすーですわ。私はやっと上級職になれましたけどね、おかげさまで。フンだ。
「もう長くない。」
「はあ?」
「俺はガンだ」
「・・・は?え!?」
(マジっすか・・・)
事実、この本部長は2年後に亡くなった。心臓だったか腎臓疾患(風のウワサ)も患ってたようで満身創痍の状態だったようだ。
続く